大竹忍 Shinobu Ôtake的图片

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suddenly
2012-12-27 20:11:34 suddenly (東京日和)

肺炎の悪化による急性呼吸窮迫症候群のため57歳で死去した歌舞伎役者の十八代目・中村勘三郎さんの本葬が12月27日、東京・築地本願寺で営まれた。歌舞伎の関係者をはじめ生前、親交のあった著名人のほか多くのファンも早朝から本願寺前に列をなし、最終的には1万2000人の弔問客が勘三郎さんとの別れを惜しんだ。

この日の朝、喪主を務める長男の勘九郎、次男の七之助、好江夫人は、勘三郎さんの遺骨と位牌を抱いて生前の勘三郎さんが「平成中村座」の舞台を立てた浅草、勘三郎さんが4月のこけら落としで立つことを切望していた現在改築中の歌舞伎座に立ち寄った。浅草では一般のファンを含め700人がみこしを担ぎ、はっぴ姿で勘三郎さんを出迎えた。歌舞伎座では建設関係者やスタッフ150人が並ぶ中、出来上がりつつある舞台を眺めた。歌舞伎座の前にも200人ものファンが集まり「中村屋!」「日本一!」といった掛け声が飛んだ。

本願寺は勘三郎さんの父で先代の勘三郎さんの葬儀が行われた場所。祭壇の中央には平成17年の「十八代目中村勘三郎を祝う会」にて篠山紀信によって撮影された写真、さらに会場のあちこちに「髪結新三」や「身替座禅」の山蔭右京、「野田版 研辰の討たれ」の守山辰次など生前の勘三郎さんの雄姿を捉えた写真が飾られた。

勘三郎さんとはわずか半年違いで生まれた幼なじみの坂東三津五郎は弔辞で「哲明(のりあき)さん……のりちゃん」と本名で呼びかけ、小学2年生での初共演、2人で旅した高校時代の思い出を語った。「ずっと君は僕の前を歩き続けていて、遅れまい離されまいと思ってきた」とその背中を見つめ続けてきたと明かし「いまでも目をつぶれば横で踊っている君の息遣い、躍動する体が甦ってくる」と涙ながらに早すぎる死を悼んだ。

大竹しのぶは「なぜいまこの別れをしないといけないのか? 当分、私たちは答えを見つけられそうにありません」と喪失の大きさを語る。「勘九郎、七之助、七緒八(なおや/勘九郎の長男)くんの3人と愛ちゃん(=勘九郎の妻・前田愛)を見守ってください。そして何より愛してやまない好江ちゃんのそばにこれからもいて力を貸してください」と勘三郎さんに向かって呼びかけ「のりさん、大好きですよ。いまも、これからも。またね」と別れの言葉を送った。

大竹らと共に最期を看取った盟友の劇作家・野田秀樹は「君の中には芝居の神髄がつまってた。死と共にそれが跡形もなく消え去る。それが……悔しい」と涙まじりに言葉を絞り出す。「お前に安らかになんか眠ってほしくねぇ! この世をウロウロしてくれ! 化けて出てきてくれ」と悲痛な思いを口にした。

喪主として勘九郎は、浅草、歌舞伎座、そして本願寺と多くの人々が足を運んだことへの感謝の思いを語り「こんなに愛されている人の子に生まれて幸せです。その人の血が流れていると思うだけで力が出ます」と挨拶。七之助も「いつでも(勘三郎さんに)見られていると思って、息子として恥ずかしくない舞台を務めていきます」と気丈に語った。

戒名は「演暢院釈明鏡大居士(えんちょういんしゃくみょうきょうだいこじ)」。弔問には坂田藤十郎、片岡仁左衛門、松本幸四郎、中村橋之助、中村獅童、尾上菊之助、市川海老蔵ら歌舞伎関係者に加え、阿部寛、妻夫木聡、深津絵里、宮沢りえ、東山紀之に「SMAP」の草なぎ剛、香取慎吾、「嵐」の二宮和也、大野智、櫻井翔、和田アキ子、王貞治、江川卓など各界から多くの人々が足を運んだ。


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